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2008年8月24日 (日)

憲法タウンミーティングに、遠藤さんがパネリストとして参加しました。

憲法タウンミーティングに、遠藤さんがパネリストとして参加しました。

日本青年会議所山梨ブロック協議会主催。護憲派のパネリストが日本共産党の遠藤昭子さん、改憲派のパネリストが自民党の赤池政章衆院議員でした。

遠藤さんの発言は、遠藤さんのブログ掲載予定です。

「憲法9条を改正しないほうが良いと思う方は赤(のカード)、改正したほうがよいと思う方はすべきが青(のカード)をあげてください」というコーディネーターの問いかけに、

討論前は     改正しないほうがよいが約3割、改正したほうがよいが約7割。     

ところが討論後、改正しないほうがよいが約4割、改正したほうがよいが約6割と改正しないほうがよいが増えました。

遠藤さんの主張が説得力を持って受けとめられたようです。

2008年8月22日 (金)

雇用促進住宅廃止問題で雇用・能力開発機構山梨センターに行きました。

Koyou

担当者から、この問題の県内の状況を聞きました。明らかになったのは、

①2011年度までに廃止予定の19団地でけでなく、県内34団地すべてについて自治体と譲渡交渉に入っている。

②説明会は、12月までに行うよう言われている。住民には説明会の3週間前には通知する予定。

③自治体には、説明会までに購入するかどうかの返事をもらうことになっている。返事がない場合は、購入の意思がないとみなす。

④買取については、ダメという自治体と前向きに検討中の自治体がある。購入を正式決定した市町村はまだない。

⑤自治体が購入してくれればいいが、そうでない場合は、転居してもらうことになる。

という説明でした。

閣議決定だから廃止、自治体が買わない場合は出て行ってもらうという(早い人は今年12月)というのは誰が聞いても無理な話しです。

9月10日に、再度政府交渉を行う予定です。

2008年8月16日 (土)

夏休みに久しぶりに小林多喜二の小説をまとめて読みました。

夏休みに久しぶりに小林多喜二の小説をまとめて読みました。

写真にも写っている不破哲三著「小林多喜二 時代への挑戦」に触発され、小林多喜二の主要な小説が掲載されている日本プロレタリア文学集26、27を図書館から借りて読みました。

多喜二の小説をまとめて読んで感じたことは、不破氏が指摘しているように、多喜二が日本共産党に入党した前後ぐらいから作家として大きな飛躍をとげていることです。入党してから特高警察に虐殺されるまでの時期は、警察の監視も厳しくなり、途中から地下活動に入らざるをえなくなった時期です。

活動が制約されていた時期に、多喜二が作家として大きな飛躍をしたことに驚きと感動をおぼえました。

図書館では、蟹工船が掲載された本は、ほとんど貸し出し中でしたが、その他の多喜二の著作はあまり読まれていないようです。他の著作も広く読まれるようになればと思います。その価値は十分あります。

私は、今度は小林多喜二全集を読もうと思っています。

2008年8月10日 (日)

アニメ「崖の上のポニョ」をみました。

アニメ「崖の上のポニョ」をみました。
なんてことのないお話なのだけど、あと2回ぐらい映画館でみてみたい。
そう思わせる宮崎監督・ジブリスタッフは、すごい。

2008年8月 9日 (土)

昨日、今宮謙二さんの講演を聞きました。

今宮けんじさんの講演を聞きました。

講演で、最も印象に残ったのは「投機マネーの規制は可能だ」ということです。

投機マネーが猛威をふるい原油価格・食料価格が高騰していますが、投機マネーは意外にもろいと指摘されていました。

他人のお金であって、かつ高い配当を求められているために、投機マネーにとって悪いうわさがあれば、すぐにお金を引き上げなけらばならないと指摘されました。確かに、アメリカの議会で投機マネーの規制が検討される方向だということで原油・食料ともに最高時より下がっています。

「投機マネーを規制しろ」という声を各国の国民が大きくあげていけば規制は可能だという指摘に、学ばされましたし、励まされました。

2008年8月 7日 (木)

昨夜遅く、広島から帰ってきました。

昨日、原水爆禁止2008世界大会がおわりました。
広島からバスで甲府へ。車中で感想交流をしたのですが、世代や参加回数によって様々な意見が出て触発されました。
途中の事故渋滞もあり、甲府駅に着いたのは、深夜1時近く。疲れましたが充実した3日間でした。

2008年8月 5日 (火)

2日目分科会は「核兵器廃絶と軍事費削減、格差・貧困とのたたかい」に参加しました。

2日目分科会は「核兵器廃絶と軍事費削減、格差・貧困とのたたかい」に参加しました。
新潟青年ユニオン書記長が

平日にこういう大会に参加できる人は、まだ恵まれている人達。派遣などで働いている人は休めない。
自分は、ひどい働かせ方をさせられ、ウツ病のため仕事をやめ、いまは働いていない。一時は「死にたい」と考えていた。刺殺事件が続いているが、事件を起こし人の気持ちがわかる気がする。彼らは、平和を守ろうなどという気持ちにはなれなかったのではないか?むしろ「戦争が起こればいい」と考えていたのではないか?
貧困で苦しんでいる当事者にどう働きかけるかを研究すべきではないか。

という趣旨の発言しました。

その問題提起を聞いて、はっとさせられました。「自分なんてどうなってもいい」「この世の中なんて消えてしまえばいい」と感じている人に、平和の大事さ、人の命の大切さを直接的に訴える(たとえば「人の命は地球より重い」という風な訴え)のは、かみあわないと思います。この話を聞いただけで、この分科会に参加した意義があったと思いました。

私も触発され以下の発言をしました。

事件を起こした人々は「刺す相手は誰でも良かった」と発言していると報道されています。彼らは、「お前の変わりは、いくらでもいる」という扱いを職場でされていたのではないか。
ある青年は「自分の職場では派遣労働者は工程名で呼ばれている。自分は装着と呼ばれている。人が変わっても、その工程名で呼ばれている」と言っていました。まさに部品扱いです。
青年と話していると貧しいということだけで苦しんでいるでなく、心に大きな傷を負っていると感じます。私も以前役者をしていて、年間百数十万円ほどしか収入がなかったけれど、観客から喜ばれやりがいを感じていたと思う。いまは、常においたてられ、せかされていて、自分が理想とする水準(社会や親などから求められている水準)に達していないと自分は「ダメなやつ」と思い込まされている気がする。常に気をはっていて、本音がだせるのは話し始めてから1、2時間たってからということも多い。
心を開いて話せるまで、ゆっくり話し合うことに心がけています。被爆者が辛い体験を話す気になるには、相手が真剣に聞こうとしているから。それと同じだと思います。

新潟青年ユニオンの書記長が何度もうなづいて聞いてくれたので、少しはかみあった発言ができたかとうれしく思いました。

2008年8月 4日 (月)

原爆ドーム その3

原爆ドーム その3
原爆投下後。ドーム以外は、廃墟です。
展示模型の範囲は、実際に歩くとかなりの距離です。
実際に足を運ぶことは、大事な事ですね。

原爆ドーム その2

原爆ドーム その2
資料館で展示されている原爆投下前の模型です。
写真の真ん中あたりが、原爆ドーム。当時は、まわりに大きな建物はありませんでした。

原爆ドーム その1

原爆ドーム その1
初めて広島の世界大会に参加した時、ビルの谷間の原爆ドームをみても、原爆の破壊力のすごさを実感できませんでした。
しかし広島平和記念館をみて印象が、一気に変わったことを思い出します。

原水爆禁止2008年世界大会・広島に参加しています。

原水爆禁止2008年世界大会・広島に参加しています。
世界大会には、5回目です。広島は、3回目。
しっかり学び交流していきたいと思います。

2008年8月 2日 (土)

最近、「やせましたね」と声をかけられることが多くなりました。

先月は、2週間ぐらいの間に、「やせましたね」と久しぶりに会った3人の女性から言われました。

はじめは、横須賀の集会で、3年ぶりに会った都留文科大学出身の女性に。二度目が久しぶりに行った食堂の人から。三度目が26日の畑野さんを迎えての身延町でのつどいで参議院選で休憩させていただいた家の方から。

参院選のころと比べると、いま5キロ減、5月の検診の時から比べても1キロ減りました。3キロ減のころは、「やせた」とはほとんど言われませんでした。

内臓脂肪が減る段階から、腹回りなどの脂肪が落ちる段階になってきているようです。

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