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2013年3月11日 (月)

3・11

3・11
写真は、家の梅の花。
今朝、妹と2年前に母親が入院したときの話をして、苦い思い出がよみがえってきました。
2年前の大震災のあと、計画停電というのがありました。いまの暖房器具は、ほとんど電気を使うもの。古い暖房器具を持ち出しましたが、それだけでは足りず母親は「寒い。いつまで計画停電が続くのかね」と嘆いていました。
28日夜、「風邪をひいて具合が悪い」といって早めに寝たのですが、翌日、急性肺炎のため入院。
以前、ブログにも書きましたが、109に電話して救急車は数分で到着しましたが、入院先がなかなかみつからず、50分程度、救急車は止まったまま。話には聞いたことはありましたが、まさか自分の肉親がそんなことになるとは思いませんでした。
母は、肺炎が悪化して亡くなりました。
大型道路をつくる際、よく救急車の到着時間、病院への移動時間が短くなることを理由にあげたりますが、いまの問題は自民党型政治によって地域医療がズタズタになっていることにあります。
自民党は国土強靭化などといって、新規の大型公共事業を推進しようとしています。しかし、地域医療をズタズタに自らの責任を自覚し、医療福祉に予算を増やすべきだと思います。

2013年3月 5日 (火)

最近読んでいる本

最近読んでいる本
総選挙後、新しくなった県立図書館に毎週のようにかよっています。

添付写真の本(2007)で、古墳時代前期の時点において、
「博多遺跡群における生産量は当時の日本列島内で群を抜いており、その卓越性は通常の鉄器生産だけでなく、広範囲に影響をおよぼす求心性をもっていたとおもわれる」(125P)とあります。
明らかに、3世紀初頭では日本の鉄の流通の中心地は北九州から近畿に移ったとする白石太一郎氏や都出比呂志氏などの見解と違います。
「さてどちらが正しいのだろう」と思って、古代史の本を図書館で借りて読み漁っています。
初期ヤマト政権の中心といわれる纏向遺跡について書かれた「大和・纏向遺跡」(石野博信編 学生社2005)を読むと、移入土器は
「東海が半数を占め、山陰・北陸、河内、吉備と続く」(333P)あります。
今のところ、近畿が上記の移入土器があった範囲で鉄の流通の中心地の役割を果たしていたのは間違いがないが、古墳時代前期の段階で北九州にとってかわったというのは違うのではないか、と考えています。
問題意識をもって読書するのは、楽しいです。自分なりにテーマを決めて、関連図書を読むというのが私の読書法です。

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