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2013年4月18日 (木)

震災ボランティアに参加して

3月中旬に学生の皆さんが中心の震災ボランティアに参加しました。
以下は報告集用に書いた文章です。

計画停電の影響で母親が亡くなった

2年前の大震災後、しばらくの間、計画停電で電気コタツなど暖房器具が使えず母親は「寒い。いつまで計画停電が続くのかね」と嘆いていました。
3月28日夜、「風邪をひいて具合が悪い」といって早めに寝たのですが、翌日、急性肺炎のため入院、半月後に意識不明のまま亡くなりました。広い意味でいえば、私の母親も震災の被害者かもしれません。

母親が亡くなった時期に行なわれる震災ボランティアに参加したい

そろそろ三回忌、私の悲しみもようやく癒えてきました。しかし被災地では、復旧がなかなかすすまず先がみえないこともあり、「心身ともに疲れ果てている」「肉親が亡くなった悲しみが、癒えない」という話を聞きます。
母親が肺炎となり亡くなった時期に行なわれる震災ボランティアがあることを知って、「現地にいって現状を知りたい」「自分もできることがあったら」の想いが高まってきました。
しかし参加者は学生中心です。私は共産党のなかで青年学生の相談相手の仕事を長くやっているので1年生の時からの知り合いもいますが、ほとんどは初めて会う人たちです。
「親の世代の自分が参加して『一人だけ、なんで中年が参加しているの』と違和感をもたれないか」「気難しい人と思われないよう気軽に話しかけたいが、あやしい人と思われないか」など、ためらっていました。
震災ボランティアに行く前、震災の現状、政府の対応の問題点などについてスタッフを対象とした学習会の講師をつとめました。そのとき、
「僕も仲間に入れてもらっていいかな」と訊ねたら、ありがたいことに、「いいですよ」との返答。思い切って参加することにしました。

防災のためにも支所機能を充実させることこそが求められている

1日目の夕方、日本共産党の元仙台市議の福島かずえさんを招いて学習会が行なわれました。私がもっとも印象に残ったのは、平成の大合併後に支所が廃止された地域では、震災時の被害の把握・対応が遅れたとの指摘でした。
私が勤務している事務所がある南アルプス市では、新庁舎建設とセットで支所を廃止しようとしています。水道管の耐震化も遅れ、東海地震の被害想定では断水率は80%以上とされています。市長は大震災が起きて断水しても給水車などで対応するといっていますが、給水車は2台しかありません。
市民の日常生活を支えるためにも防災のためにも支所機能を充実させ、公共事業は大型事業優先ではなく生活に密着した事業優先に切り替えるべきということを再確認しました。
このことは、日本共産党の地方議員の会議でも報告したいと思います。

少しずつしか進まないガレキ撤去作業も楽しく元気に

 2日目、3日目はガレキの撤去作業でした。スコップですくった土を篩いにかけて、瓦、ガラス片、ビニールなどを取り除き、ガレキを分別するというものです。すべて人の手によって行ないました。同じ場所で神奈川県から来た人が作業していましたが、数十人でやっても、なかなか進みません。膨大な作業量だけに、
「元々どういう場所だったのか、作業終了後、どう活用されるのかなどの説明がないと、正直、やる気になれないな」と最初は思いました。
 しかし真剣に、かつ楽しく作業している若い人達と行動することで気持ちがほぐれてきました。お互いがどんなことをしているかを話し合ったり(私は児童劇団の役者時代の話をしました)、歌声がわきおこったりして、元気に作業することができました。

感想交流にて

 2日目の夜は4つの班に分かれ感想交流が行なわれました。私が参加した班では、
「マスコミの震災被害の報道は一部の地域だけ。こんなに被害があったとは知らなかった」
「自分の家の近くは海がある。震災後は、家族も非常用食料など用意してきたが、最近うすれてきた」
「ボランティアにきましたと言うと、『ありがとう』とたくさんの人から言われた。ボランティアが求められていると感じたし、お礼をいわれるとうれしい」
「被災者支援にはいろいろな形がある。社会福祉協議会で仮設住宅に住んでいる人がつくったものを売っていたが、それを買うことも一つの形」などの感想がありました。どの感想も新鮮に感じました。
 ボランティアに数回参加している人が「ボランティアの話を友人にしたいが関心をもってくれるか不安」と話しました。すると、初参加の人たちが「ボランティアに参加したいと思っていたがどこに申し込めばいいかわからなかった。みんなボランティアの話を聞きたいと思っているのでは」と話して、「関心をもってくれるか不安」といっていた人を励ますという場面もありました。

 各班の感想交流後、それぞれの班で出た感想を各班の代表がまとめて話し交流しました。私が参加した班は、じゃんけんで、私が話すことに。私の順番になって立ち上がると、なぜか、くすくすと笑い声がでました。
 理由はわかりませんが、気難しい人、あやしい人だと思われていたら、笑いは出ないと思うので、安心しました。

「多くの方の支援で、ガレキ撤去作業は今日で終わりです」と言われて

 3日目に、ガレキ撤去後、桑畑にするという方より説明を受けました。

「先がみえないもとで、自分の力で復興することをあきらめ、土地を私に託す人が大勢います。私は10数ヘクタールの土地を託されています。
この場所は、半年前からガレキの撤去作業をボランティアの方々にやってもらっています。あのトイレ(数百メートル先)あたりから始めた作業が、多くの方の支援でついに今日で終わりです。その最後の日に、みなさんが立ち会ったのも何かの縁だと思います」

 復興をすすめようとする人がいる、それを多くの方が支えていることに感動しました。自分も、その一員として、しかも作業終了の日に立ち会えてことに喜びを感じました。

「仲間に入れてくれて、ありがとう」

仕事の関係で、3日目の午後のフィールドワークには参加できませんでした。現地の人にバスの時間を聞いたら、時間が迫っていたこともあって、ほとんどの参加者にあいさつもできませんでした。大変残念でした。
この場を借りて、お礼をいいたいと思います。

「大変有意義な、そして楽しい三日間でした。仲間に入れてくれて、ありがとうございました」

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